マイホーム
断捨離のやましたひでこ先生が、“家”について語っておられます。
持っているだけでお金がいる、捨てるにもお金がいる、
人が住んでいない家は、ゴミでしかない・・・
そうかもしれませんね。
このことを、ローンを組む前に知りたかった・・・


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モノ
ゴミ
負債


 家は、不動産=財産であり、所有=資産という図式。これが、私たちの大方の常識なのだろう。けれど、そうとは言えない状況がひたひたと静かに、けれど急速に忍び寄っていると感じるのは、私だけではないようだ。

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 では、なぜそう感じ思うのか、私の個人的体験を踏まえて綴ってみたいと思う。

 昨年末、私は、沖縄に移住するという生活の選択をした。結果、仕事の拠点は東京の賃貸マンション、生活の基盤は、今までとは異なる気候と文化圏の沖縄の所有マンションで、という二重生活。

 これを「二重生活」と呼ぶことさえも違和感があるほどで、その時その場、必要に応じてふさわしい道具<モノ>を使用するかのように、家も必要に応じて移動しているだけのこと。

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 断捨離は、「モノとの関係性」を、まず自分に問いかけることから始める。今、この目の前にあるモノたちは、今の私に、要<必要なのか?>、適<ふさわしいのか?>、快<快いのか?>を自分自身に尋ねる行為。その結果、不要、不適、不快と自分自身が判断したならば、潔く始末をつける、あるいは、果敢に手放していく。

 要するに、それは何もモノに限ったことではなく、生活全般、人生全般にも通じることで、「不要・不適・不快」と「要・適・快」の入れ替え、代謝を促してこそ、私たちの人生はより健康的に機能すると考えている。

 私にとって、以前住み暮らしていた北陸・石川の家は、夫婦二人という家族構成になった現在、

不要<使わない部屋がある>

不適<間取りが合わなくなり生活しづらい>

不快<暖房効率が悪く室内の温度差が激しい>

になったということ。それが、家を持ち替えるという選択に至った理由。

 さて、不動産であったはずの家、資産であったはずの家、それが、なんらモノと変わりがないという感慨をメールマガジンで発信したところ、こんなコメントが、ある工務店経営者から寄せられることになった。

 「家は大きなゴミとなり始めています。ゴミのような家を建てすぎたと思います。世界では、家は文化でも、日本の家は産業になった工業化製品です」。

 そうか、私の「家もモノ」「家も動産」という意識どころか、「家もゴミ」という事態を感じ取り、真剣に憂いている家づくりの専門家がいる。

 そして、親が残していった家を相続した女性からも、こんなコメントを頂戴したのです。

 「内も外も、まるごとゴミでした。持っているだけでお金がいる。捨てるにもお金がいる。まさにゴミ屋敷。親の残した人生の残骸。いったいいくらになる?になっています。家の処分料も値上がりしている。自然に還らないものがいっぱい使われているからですね」。

 モノも使われることなく放置されているならばゴミでしかなく。

 家も住まわれることなく放棄されているならばゴミでしかなく。

 モノという生活の残骸、家という人生の残骸、これら小さな残骸の堆積と大きな残骸の存在は、とりもなおさず生活と人生を圧迫する負債であることを、強く意識していかなくてはならない時代です。
https://goo.gl/sLZfXs

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