母と伯母の、ゴミ屋敷
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某ライターさんのゴミ屋敷との格闘の実話です。
認知症の母と伯母が暮らす実家がゴミ屋敷に・・・
片づけても捨てたゴミが元の所に戻ってしまったり、
かなり苦労をされたようです。
常に家を清潔にし、季節の食材を取り入れて、
「ていねいな暮らし」をする人だった母の変貌。
認知症が人をこれだけ変えてしまうのだと実感したそうです。


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 母と伯母の実家はごく普通の住宅街にあった。一家が疎開先の秋田から戻って、ようやく見つけた安住の地だった。

 その日は、晴子叔母やいとこのユカと、大掃除をする約束になっていた。45リットルのゴミ袋と軍手など用意し、アポなしで掃除をするのである。連絡して訪問の意図を伝えたら、家に上げてもらえなくなるからだ。

 突入、準備完了。

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お掃除隊、作業開始

 玄関の引き戸をガラガラと開けて、「来たよ~」と声をかけた。みんなで家に上がると、伯母も最初は歓待してくれる。久しぶりねえ、元気? 嬉しいわあ。

 しかし、掃除をしようというこちらの意図を知ると、伯母の表情は硬くなった。手で境界線を描くようなかっこうをしながら、「このへんはおばちゃんの自治会の書類ばかりだから、触らないで!」とトゲのある声で宣言した。ほんとうは、書類なんかありはしない。大昔に配達された書類の、カラ封筒ばかりなのだ。封筒は、伯母の周囲を埋め尽くし、和ダンスの上段にもありったけ詰め込まれていた。

 それでも、「きれいにしよう」と押しの一手で頑張ると、仕方なしに応じる。伯母の周辺を除く居間、台所、茶室、2階のふた部屋は、片付けが許された。

 2階のひと部屋は母・登志子の居場所になっていたが、もうひと部屋は、伯母の物置のようなものだった。もともと押し入れに入っていたはずの着物や、姪の子どもたちのために用意したおもちゃの収納ケースが、出しっぱなしだ。

 着物や羽織は、有名デパートの銘が入った「たとう紙」に包まれて、乱雑に重ねられていた。伯父の稼ぎや年金が、こうやって浪費されてきたのだ。よくもまあここまで集めたものだとため息が出る。

 押し入れの片隅に、一家が大切にしているお雛様の箱があった。元は七段飾りの立派なものだったが、戦火を経て内裏雛だけが残った。伯母の誕生時に用意されたものだから、大正時代のトレンド。今では見かけない、不思議と雅な顔の人形だ。

 実は、このお雛様を地域のイベントに貸し出す話があり、それが返却されたかどうかで一悶着あった。伯母は、「お雛様を返してもらっていない」と大騒ぎし、町内で「恵子さん認知症疑惑」が噂されるようになったのである。もしや、お雛様が本人に代わってSOSを発信してくれたのではないか。

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最凶哺乳類が侵入していた!

 大事なものと不用品を分類し、不用品と判断したものは容赦なくゴミ袋に放り込んでいった。流しの腐った水を捨て、食器を洗って棚にしまう。冷蔵庫の中の保存食類は、ビニール袋に入れたりして廃棄。座卓の下に詰め込まれた、食べ物の残骸も処分。

 畳敷きの部屋には衣類が敷き詰められていた。きれいなものは畳んでタンスに、と思って作業していると、妙なものがばら撒かれていることに気づいた。お掃除隊一同で代わる代わるじっくり観察したのち、誰かが口に出して言った。

 「ネズミの糞……」

 鳥肌がたった。

 黒っぽくて耳の小さいクマネズミが、何匹も縦横に走っている姿が目に浮かんだ。

 「おばちゃん、ネズミの糞があるよ」。
伯母は顔色ひとつ変えない。
「そうよ。夜になると出るの。天井も走り回るのよ」。
母は知らんぷりしている。

 ゴミで埋め尽くされているだけならまだしも、とうとうネズミの侵入を許してしまったのか。ネズミといえば、病原菌の運び屋である。腸チフス、サルモネラ菌、レプトスピラ症などなど、病原菌のデパートと言ってもよい。場合によっては命にも関わる不衛生な環境である。

 一同ショックを受けながら、黙々と働いた。畳が見えるようになったところを掃いて、ほこりとネズミの糞を掃除機で吸い込む。

 積み重なった衣類も、その上を小さな哺乳類が走り回ったはずで清潔とは言い難い。洗濯しきれないので、大半は処分することにした。あとで新しい衣類を買えばよい。45リットルの袋では間に合わず、途中で70リットルの袋を買い足した。

 ゴミ袋がパンパンに膨らんで、玄関に積み上げられた。ゴミの収集日は翌日だ。翌朝までどこに置こうか。ゴミ集積所は目と鼻の先なのだが、可燃ゴミを前日に出しておくことはできない。さんざん考えて、家の通路の出口側に置くことにした。敷地の内側といっても、お隣さんの目に入る位置に置くことになる。晴子叔母と、お隣のおじさんに事情を説明しに行き、ご迷惑をおかけします、とひたすら頭を下げた。

 念のため清掃事務所に連絡して説明すると、事情が事情だからと、通路から回収してもらえることになった。

お掃除隊、徒労感に襲われる

 この日、晴子、ユカ、私でかなり頑張ったが、ゴミ屋敷は手強かった。畳があらかた見えたところで諦め、撤収することにした。これでしばらくは以前よりましな生活ができるだろうと思った。

 ところが。

 それからさほど日を置かずに晴子叔母と訪問したところ、とんでもないことが発覚した。
先日捨てたはずのものが、いくつか家の中に復活しているのである。慌てて冷蔵庫の中を確かめ、愕然とした。

ビニール袋に入れて捨てたはずの消費期限切れの食品が、乱雑に詰め込まれている! 

 一体どういうことかと恵子に尋ねると、彼女は事もなげに答えた。
「あると思ってたものが捨てられちゃったから、探してきたの」

 つまり、私たちが苦労して仕分けし、通路に積み重ねたゴミ袋の中から、本人たちがまだ必要だと思ったものを漁って、取り返してきたのだ。家の前でゴミ袋を片端から開き、中身を漁る老婆二人……。

今までの価値観が変わっている

 当然のことだが、伯母や母はゴミ漁りとは無縁の人間だった。むしろそのような恥ずべき行動を嗜める側にいた。

 彼女たちの長兄・伸一は、真面目なサラリーマンだったが、骨董と茶道に詳しく酒好きで、仙人のような空気感をもつ人間だった。伸一は、たまにゴミ集積所をのぞいて、「良い器」があると拾ってくる。それをきれいに洗って磨いて、「道具は使ってこそ」と、嬉しそうに茶道具に加えるのだ。私は、その破天荒さを愛していた。

 しかし伯母は伸一のゴミ漁りが嫌で嫌で、そのたびに「おにいさん! やめて!」と顔をしかめていた。その恵子が、自らゴミ袋を開いてごそごそと探しものをした。貧すれば鈍す、なのだろうか。いや、すべては「認知症」の為せる技だったのだ。

 最近は見かけないが、一時期「ゴミ屋敷を掃除する」テレビ番組がいくつかあった。何日もかけ、お金と人力を注ぎ込んで、有名人がゴミ屋敷を掃除する。人間の住処として回復した家を見て、家主は喜ぶ。しかしどの回だったか、掃除済みの家を再訪したら、元のゴミ屋敷に戻っていたというエピソードがあった。

 家の中が片付くと落ち着かない、という人がいる。乱雑な状態だからかえってモノの在り処が分かるという人もいる。ただ、度を超えた汚部屋では、家主の精神状態に何か重大な問題が生じているのかもしれない。「ゴミ」という現象だけ取り除いても、こころや認知機能のトラブルに対処しなければ、根本的な解決にはならないのだ。

 ユカや俊彦、晴子、私のお掃除隊は、その後何度か伯母宅を訪問して不用品の山と格闘したが、毎回同じように元の木阿弥となった。賽の河原で石積みしているようだった。
https://bit.ly/37wxE84

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